2012年4月25日水曜日

民度と政治家

政治家は、民衆を表す鏡である。



この講演で、オリ・オコーラ氏はこのようなことを発言している。

国民が要求しなければ政治家は説明しません政治家の良心に期待しても無駄ですアフリカ人も議員の行動に注目しましょう今のままでは何も変わりません私達に必要な新しい政策それは誰が作るのか? 国の指導者達は社会を映す鏡なのですアフリカの政府で会議をするのは火星人ではなく私達と同じ人間です国民が嫌う政治家を選ぶ社会を変えるためには? 指導者に説明責任を果たさせるように「ムザレンド」は国民の教育を始めています

この発言は全てを表現している。政治家は国民が要求しなければ説明を果たさず、その政治家を選んだのは国民である。そのような社会は変えなければならない。また、政治家に説明責任を果たさせるために、国民を教育する必要があるのである。

さて、この講演を踏まえ、現状の日本を見て欲しい。
日本は民主主義の国ではなかったのだろうか。日本は、先進国ではなかったのだろうか。
もし私たち日本人が、先進国で民主主義が浸透している国に住んでいると自覚しているのであれば、上記のような事態は起こっていないはずだ。

すなわち、政治家は説明責任を果たし、私たちはそのような政治家を選び、投票行動を行うはずなのである。

しかし現状はどうだろうか。日本の多くの政治家は説明責任を負い、全てを説明しているだろうか。また、私たちはそのような候補者を選んでいるだろうか。この二つの問いについてゆっくりと考えて欲しい。そして、この二つの問いに、「否」と答えるようであるのなら、そのような候補者を選んでしまう私たちの民度はアフリカのそれとなんら変わりないのである。

さて、私は大きな問題提起をここで行ったつもりである。私たち日本人は、本当に民主主義国家に生きているのか? そもそも私たち日本人は、民主主義国家に生きる資格があるのか? 民主主義の基本は、「参加」と「自治」が基本である。私たちはそれを果たしているのだろうか。

さて、問題を提起するだけでは片手落ちである。そして、それに答える鍵が一つだけある。
次回は、宮台真司氏が旗揚げ人の一人に名を連ねる「グリーンアクティブ運動」について考えてみたい。

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